Video Games can't Kill Teens.
Daisy Digital Designs 2000年
Computer Graphic

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 このCG作品との出会いはこんな感じでした。2000年の冬まだ雪深い2月の夜、いつものようにネット上を漂っていると、HPリンク先のDaisy Digital Designsを主宰しているTakuさんから「お暇なときに…」というタイトルのメールが届きました。読んでみると今年(2000年)の岩手広告美術展に出品する作品ができあがったとか。作品に関する簡単なコメントと共に画像をアップしてあるURLが添えられていました。っと、リンク先に飛んでみた私。と、その後の体験した「ゾクッ」とした感覚は今でも忘れることはありません。

 そこにはSONYのプレイステーションのコントローラ。そして単純な文章・・・。
画面いっぱいに広がる文字、文字、文字。その文字は隠れることなく幾重にも重なり、かすれながらも、同じ言葉を繰り返す・・・。

 少年犯罪が起きるたびにメディアはこぞってその日常生活を暴こうとします。その中で決まって出てくるのが「新しいメディア」への過剰なまでの批判。ビデオゲーム、音楽、漫画他色々、どうも「若い世代」が熱中するモノに対し、それらを理解出来ない世代は単純に「悪」への第一歩だと考えてしまうようです。特にビデオゲームに関して言えば、内容の残虐性や簡単な操作によって「やり直し」が出来る事から、暗に青少年犯罪の伏線として受け止められる格好の餌食になるのだと思います。そうすることによって「大人」と自称する人達は物事に「理由」をつけ、自らが理解できる範疇で納得するのでしょう。でも、その犯罪と呼ばれる行為をしたのは一握りの「子ども」と呼ばれる者達にすぎず、全てをその「型」にあてはめて良いはずがありません。耳を傾けるべきは、もっと多くの「純粋な心」に対してです。

 「メディア報道番組」の過剰な「エンターテイメント性」の演出に騙されることしかできなくなり「トラブル・ウォッチャー」と化し「残虐な事に慣れた大人」達は、このCGを「非常に意味が深く、見れば見るほど価値のある作品だ。」とでも賞するのでしょうか?でも実際、ここに込められているメッセージはもっと単純で無垢なモノのような気がします。読む意味がそのままメッセージになっているのではないでしょうか。読みとるのでは無く感じるメッセージ。「純粋な問いかけ」そこには明確な回答は存在しないはずです。なぜ?と言葉を発しているのは誰なのでしょうか?ここにはただ「私もそう思う。」という私しか存在しません。もし、回答があるとすれば、この表題がそのまま・・・。Video Games Can't Kill Teens.

 
※当ページ掲載及びリンク先「Video Games can't Kill Teens.」の著作件は
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